About

代表紹介-Story

[略歴]

1978年東京生まれ。生後6か月でドイツに移住。現地のインターナショナルスクールに通い、高校卒業までの11年間をドイツで過ごす(ドイツ滞在は0歳~6歳、15歳~19歳の期間)。

青山学院大学国際政治経済学部入学後、19歳の時に「人は幸せになるために組織を作ったのに、なぜ多くの人は毎日の生活のために我慢して働いているのか?」という大きな違和感を持つ。 2008年この違和感を解消すべく、人々が活かし合えるプラットフォームを作るために株式会社ArtMindを設立。1,000名以上のアーティストに活躍の場を作り急成長するも、多くの人の気づきの場としてスタートした事業のはずが、アーティスト支援のみが事業内容になってしまったことから2014年に活動を一時休止。

その後、ArtMind設立のきっかけにもなった書籍『7つの習慣』の企業研修を多くの顧客企業に導入し、数万人の会社員に活力を与える。2020年新型コロナウイルスによるパラダイムシフトを感じ、自分自身の内面と向き合う“自己発見コース”の開催を皮切りに、人々が活かしあえるプラットフォームを再構築すべくArtMindの事業を再開。

自分と向き合い続けた”ドイツ ライン川沿い”のDailyサイクリング

私は高校の頃、海外のドイツ、デュッセルドルフで過ごしました。運がいいことに当時の私の家はRhein川沿いにあり、ものすごく景色がよかったです!それは窓枠に写っている景色をそのままポストカードにしたいくらいです(Dailyポストカードです)。
毎日の1時間のサイクリングでは、今思えば、その絵葉書のような散歩道をサイクリングしながら私はずっと自分自身と対話していました(誰も道にいないから、もの思いにふけってなんら危険がなかった)。

静かな美の空間では、人は自分自身と対話できる。

そんな確信が得られたのがこの体験でした。

その時の自分との対話で、私はスポーツの世界で生きていくと夢を持ちました(全く持ってプロになれるほどスポーツは上手くないんですよ…)。

しかし高校3年の冬、持病の癲癇が再発して、二度と全力でスポーツができない体になり、私の無謀な夢ははかなく消えてしまいました。

今思い出しても自分の感情がなんだったか分からないんです。スポーツを続けられないのが確定した時、私は初めて学校で大泣きしました。

生活のために好きでもない仕事をする、サラリーマンたちとの出会い

高校卒業後、日本に帰国しました。ドイツでは自分の大好きなスポーツの世界で生きていくのが当たり前だと考えていたので、日本で何ができるのか本気で考えました。

だから両親、予備校の教師、会社の社長、いろんな方々に私の生きる道に関して相談させていただきました。毎回ほとんど同じ答えが返ってくるんです。

「大人になったら生活のために仕事をするんだよ、好きとかは趣味」

もはや意味が分からない????
これが私の脳内で起きたFIRSTリアクションです。

そりゃそうですよね、ずっと大好きなもので生活することが当然と考えていたので、好きが趣味そもそも趣味と仕事って何が違うんだろう??の世界でした。

なんかとりあえずどうしたらいいのか自分の人生!?とか考えてたので、19歳で頭が悪いのに哲学書読んだんです。ソクラテスの国家とか(あまり覚えてないが)。

そしたら次の疑問が湧いてきました。

人は幸せになるために家族・組織・国家をつくったのに、何故多くの人は自分のやりたいことを我慢して人生の大半を占める仕事をしているんだろう????

一念発起して起業するが、初心を貫けず事業休止を決断

私が強烈に感じた違和感は私の人生を決めたと思います。今を振り返ってもこれも分からない。私はこの違和感を解消することが私の使命なんだ。とふわっと感じたんです。心に染み込んできた。という表現が正しいでしょうか。

これが私の根拠のない自信のはじまりです。

私の根拠のない自信は今振り返っても素晴らしいものでした(まだありますが)。
あらゆる領域を理解しているスーパーGeneralistに自分はなる!ってものすごい勘違いして、学生卒業後は起業前に社会を見渡したく多くの会社を転職(職種も出来る限り変えました)し、振り返ればどこでも自由に過ごしました。30歳になった時、私の違和感を解消する会社、株式会社ArtMindを満を持して設立しました。

しかし、設立して間もなく、私は自分の無能さを思い知ることになります。
美の空間を多くつくり、人々に私が体験したような気づきの空間・時間を提供する。その気づきの空間をつくることこそ芸術ができると考え人々に美の空間・時間を届けられるアーティスト同士のコラボ企画の事業展開を目論んでいました。
しかし事業開始直後、当時の私には全く想定外だった現実をつきつけられたのです。

①アートは日本では全く経済に結びついてなかった
②①が理由でアーティストは支援が必要な最たる職種だった

あまりにも自明のことだったにも関わらず、私はこの二つの事実を知らなかった。だからパートナーと考えていたアーティストの支援をしてお金をもらう活動になっていったのです。
正直これには耐えられませんでした。2014年夏、アートが事業化できるかを見るイベントを開催して、今事業化するのは難しいと判断した私は、一時会社を休止することを決断しました。

セールス・マーケティングなど、実践を通して企画力を鍛える

ちょっとここで一休憩して、自分の経験をリストにしてみました。

チームビルディング:
1000人規模の急増のコールセンターを立ち上げて、センターで設定したKPIの達成率がダントツで最低だったチームの管理を任せられ、見るようになってから3か月でセンター最高のKPIを作り続けるチームにしました(私がセンターを退職するまで1位であり続けました)。

マーケティング:
起業塾でマーケティングのノウハウを勉強した上で、建設会社の企画部部長として学んだノウハウを実践。建設業界初の業界で人気のSNSを立ち上げました。

セールス:
ArtMindを立ち上げるきっかけになった本(高校の頃読みました)”7つの習慣”の日本支社にて法人営業を経験、数万のサラリーマンに活力を与えるお手伝いさをせていただきました。

これらを経験できた事事態に感謝しかありません。

初心を貫いて「好き!」を活かし合えるプラットフォームの再構築を決意

新型コロナウィルスの感染拡大を始めたのが2020年3月です。私が退職を決意したのが、2020年5月です。ここにはいろんなストーリーがありますが、とてもここに書ききれる内容ではないので割愛します。

今新型コロナウィルスの拡大に伴い自宅自粛となりました。社会は急速に環境に対応するために、対面でのサービス提供からオンラインでのサービス提供に移行しています。

しかし考えるべきなのは、このオンラインでのサービス提供に関する考え方です。もしかしたら多くの人が新型コロナウィルスの拡大が終わるまでの一時の出来事と考えているかもしれません。
もしかしたら多くの人は新型コロナウィルスの騒動が去ったら対面でのサービス提供が主流だった、ビフォーコロナに戻ると思っているかもしれません。

これは私の感覚です。社会はオンラインで完結するサービスを基本とした動きから戻ることはないでしょう。

理由は、多くの個人も法人もオンラインの素晴らしさを経験したからです。オンラインで完結できたほうが、経費削減(オフィスの賃料や人件費やら)にもなるし、利益率も高い。そしてなによりも、いつでもどこでもできるのでスーパー便利。そんな経験をしたら需要が戻りません。

ただし、私も痛感しているのですが、やはり対面の生の温かさを感じるサービスやコミュニケーションって素晴らしい!程度は状況に応じて変わるのでしょうが、一定の割合で対面サービスや対面を機軸とした営みはありつづけると思うのも事実です。

今求められているのは、ビジネスの基本をオンラインで完結させること。そしてオンラインは個人と個人が国境を越えて自由に繋がれる場所ですから、個々人が自分が何をしたいのか?何ができるのか?を明確に持っている事が当たり前になると考えています。

それを見つけるお手伝いをするのが、ArtMindの”自己発見コース”です

ゼロから3か月で自分の軸を見つける!

【完成】自己発見コースLPヘッダー