「楽しい!」が新しい時代の主流になる!?

「仕組化」とは

産業時代から情報時代への流れ

周りがやるからやる・・・

お父さん、お母さんに進められたからやる・・・

世間的に正しいと言われているからやる・・・

決められたことを正しくこなすことを求められた産業時代にはこのような考え方が主流だったのではないでしょうか(仕事による安定、終身雇用制度、年功序列、一生に仕事は一つ、六十五歳まで働く、タイムカードを押す、資格・免許、年金プラン、政府の医療保障、会社で働く・・・)

自分自身の行動を他人や社会の常識?考え方?によって決めることが正しかった。そんな状態ではないでしょうか?

メリットがあるからやる・・・

儲かるから続ける/始める・・・

プライベートとビジネスの両方を大事にする・・・

決められたことがいつ崩れてもおかしくない、情報時代では、社会の多くの人の中にこのような考え方が急速に芽生え主流になっている気がします(フリーエージェント、ヴァーチャル企業、実力主義、多くの職業につく、働きたい時に働く、セミナー、新しいアイディア、家で働く・・・)

自分自身の行動を自分自身がおかれた状況や自分の意志で決める。今思えば当たり前とも思える動きがようやく生まれたと言えます。

他人や外部環境の変化や意見に依存する状態、「産業時代」を経て、自分自身で多くを決め、自分自身で自分の道を切り開く必要がある「情報時代」が訪れています。そして情報時代の先がすぐにやってきます。

新しい時代の訪れにより何が変化し、どのような考え方が求められるのでしょうか?

新しい時代に求められる仕組み

今までがどんな時代だったかを少し角度を変えて考えてみます。産業時代は人生の中で選択肢が限られており、生きるためには他人に倣う必要があった時代だったように思えます。戦後の日本に生きる人たちが多くの選択肢があったとは考えずらいです。食べモノ一つとっても、毎日は日本食(粗食?)。甘いものや海外の食べ物という選択肢は私のような大衆には与えられてなかったはずです。産業時代は満たされていないものが多かった時代で、満たされないものを満たそうとした時代であったような気がします。

今訪れている「情報時代」はどんな時代でしょうか?単純に選択肢は増えました。物質的には産業時代とは比べ物にならないくらい満たされています。しかし人が同じように飛躍的に幸せになったかというと私は少し疑問にも感じます。選択肢が増えてむしろ不幸になった側面はないだろうか?とも思えているのです。

でもこれって当たり前じゃないですか?

・他人に従うのが正しいと言われていたのに、急に自分自身で決めることを求めらているのだから(自身の生き方や理念を持たないことが正しい時代から一転し自身の理念を持たないと生き抜けない時代に)、

・全く満たされていなかったのに、インターネット革命などを通じて、急に世界中の情報と物質を選べるようになったのだから、

このような大きな変化の渦中にいたら人は迷います。とりあえず現状把握でいっぱいいっぱい、、これが私も含めて通常の人の反応ではないでしょうか??

客観的に起きた変化だけを見つめて表現するなら、満たされてなかったものが満たされた時代、人が極めて複数の選択肢をもった初めての時代、これが「情報時代」ではないでしょうか?

言い方を変えると、人が受け取る価値を選ぶ時代になったのではないでしょうか?

しかし時代の流れは速く、次の時代がすぐ目の前に訪れている気がしています。誰も経験したことがない、先を見えている人が恐らく一人もいない時代じゃないでしょうか?

インターネットにより世界がつながり、AI、Iotにより生産性も飛躍的に向上すると考えられています。勿論人の生活はより豊かになり、人生の選択肢はますます広がるでしょう。

でも忘れてはいけないのは、選択肢(考えること)は基本的に苦痛です。人生の転換期のようなポイントで考えることは勿論必要ですが、生活の中のすべてにおいて選択肢が広がりすぎ、考えることを強いられたら、人は迷うし、生きにくいですよね(私なら選ぶことを放棄して何もやらなくなりそうです・・笑)

そんな目の前に迫る時代に求められるのは、、

・情報と情報をつなげ、価値を最大化するコト

・AIには生み出せない価値をつくるコト

・人が楽しいと思えること(/経験)を売るコト

・人が求めているコトを絞り続けるコト

などいろんなことが言われていますが、皆さんはどのようにように考えますか?

私はそうなんですが、目の前の仕事に追われていると、大局をみることができなくなりますよね、しかし悲しいことに、今はその大局が非常に速いスピードで移り変わっています。だから私は最近、定期的に世間がどのように変わっているかを考えた上で、目の前の仕事について考える時間をもつようにしています。

 

もしかしたら、過去にも未来にも、一人ひとりが「大局を考える時間」をこれほど必要とする、

「激動の時代」はないかもしれません。

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